カモフカブログ

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映画「ある男」感想 不穏な気持ちを引きずらせる

※ネタバレを含む感想です。

 

原作未読です。

 

安藤サクラ窪田正孝がメインキャストのミステリーということで興味を持ち、観に行ったものです。

 

あらすじ

地方の町で出会った里枝と大祐は、結婚して子どもと共に幸せな暮らしを送っていたが、ある時大祐が事故で帰らぬ人となってしまう。

疎遠だった大祐の兄が法事に訪れた際、遺影の大祐は大祐ではない別人だと言われ、戸惑う里枝。

里枝は弁護士の城戸に大祐を名乗っていた夫・Xについて調査の依頼をする。

城戸はXの正体を追ううちに、別人に成りすましていた理由を知るが……

 

感想

ミステリーでもありますが、社会派の人間ドラマの部分が大きい印象でした。

期待通り出演者の演技が素晴らしく、引き込まれました。

 

里枝を演じる安藤サクラは、何気ない日常の中で涙をこらえる表情に、息子を想う母親の表情など、静かに気持ちがにじみ出るようなリアルな存在感を放っています。

子どもの思い出を話す場面は辛さがひしひしと伝わってきました。

自分の経験に少し重ねた部分もありましたが、それが子どもだったらかなりの辛さだろうと。

 

里枝の夫・大祐役の窪田正孝も、捉えどころのないような朴訥とした空気感から、優しい父親の表情と狂気じみた父親の表情のギャップ、無気力な絶望感を伝えてくる過去の様子など、振り幅のある演技で見応えがありました。

三池崇史監督の「初恋」でも本格的なボクサー役をしていましたし、ボクシングシーンもリアルに感じられます。

ランニング中に倒れる場面は、父の死の知らせを聞いて、この込み上げる感情をどう表現していいのか、当人にも観ている側にも分からないような、言葉にできないなんとも言えない、やるせない印象深い場面でした。

 

弁護士の城戸役の妻夫木聡も、弁護士として安定した生活を送っているけれど、妙に不安定な佇まいを見せる演技が、作品の不穏な空気を醸し出していると思います。

出自について無神経な悪意を浴びせられる、それを笑顔でやり過ごす裏に沸々と怒りを溜めこんでいるような。

 

登場人物の日常を淡々と捉える中に、社会の中に根強くある差別意識も描かれており、理不尽さを強く感じます。

自分ではどうしようもない出自などにより、他人に成りすまして逃れたいと追い詰められるのは、そういう社会の差別意識からかと。

 

そんな中、名前や戸籍などに関係なく、実際に接してその人を知ること、共に過ごして大切に思い合える人間だったという事実、それが重要なのだと思わされます。

終盤、死んだかと思われていた本物の大祐と心配していた幼馴染の再会の場面や、里枝親子の穏やかな会話の場面など、そういう想いが強く伝わります。

 

と、そこでスッと終わるかと思いきや、何故かそれらの場面では暗く響く不穏な音が入っており、そこはかとなく不安をあおられます。

何でこんな演出してるのかと、違和感というか不協和音というか、ある意味インパクトがある演出でした。

普通の展開だと、ここで安らかな音楽が流れて穏やかに終わりそうな流れだと思ったのですが。

 

まだ何かあるのかと思っていると、弁護士の城戸の不穏な日常描写が。

大切に思い合える人間が城戸にはないために、さっきの場面では城戸の心がざわついているような演出だったのだろうか、などと考えてしまいます。

 

そこから不穏な気持ちを引きずらせるラストが、なんとも複雑でした。

大切に思い合える存在のある人に成りすましたい、城戸は自分の人生に絶望して自分の存在があいまいになっているということなのか。

冒頭の場面からすると、もしかしたら城戸は他人に成りすますような言動を繰り返しているのか。

そうやって自分を保っているのだろうか。

 

名前や戸籍や出自などに寄らず、その人を知って大切に想うことも重要だが、その人の苦悩や絶望の全てを理解できるわけではない。

個々の人間を知らずに垂れ流されるヘイトスピーチなど、社会には差別意識はまだまだ存在している。

穏やかな場面の向こう側に、そういう現実の不穏さも示していたのだろうか。

 

など、いろいろと考えさせられます。

 

出演者の演技も素晴らしいですし、淡々と静かな描写に不穏感の漂う演出も良いと思いますし、複雑な余韻の残る作品でした。