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映画「WEAPONS/ウェポンズ」感想 あの人の目的は…? ※ネタバレあり

映画「WEAPONS/ウェポンズ」の感想です。

夏にアメリカで大ヒットしたホラー作品で、日本では11月28日から劇場公開されています。

 

※ネタバレのある感想です。

 

 

あらすじ

郊外の平穏な町で、ある深夜、17人の子供が失踪するという事件が起こる。

子供たちは学校の同じクラスの生徒で、防犯カメラ映像には子供たちが自ら家を飛び出して暗闇の中へ走ってゆく様子が写っているだけだった。

同じクラスの生徒で唯一失踪しなかったアレックスに事情聴取するも、手掛かりは得られず、警察の捜索もむなしく一か月ほど時間が過ぎる。

クラスの担任教師のジャスティンは、保護者から疑われ糾弾され、嫌がらせを受けたりするようになっていた。

アレックスと話すことも禁止され、教師の仕事も失いそうになったジャスティンは、自ら事件について調べようとするが…

 

感想

得体のしれない不気味さ

冒頭、深夜に子供たちが走ってゆく場面は、得体のしれない不気味さがあります。

両手を広げて走るポーズは無邪気なおふざけ感があったり、音楽は妙に爽やかだったり、異様な状況なのにコミカルさや爽やかさがあるのが、余計に得体のしれない不気味さを引き立てており、一気に引き込まれました。

 

家や夜の町などの描写も、不穏な不気味な空気感があり良かったです。

家の扉が開く時の間とか、そこから出てきたものがゆっくり近づいてくる間とか、本当に嫌な間だなと。

前半の得体のしれない不気味な恐怖が、後半、犯人が判明してからはテイストが変わり、また別の方向の恐怖になるのですが。

前半の雰囲気は、なんとなく「ツイン・ピークス」を連想しました。

 

コメディなのかと

得体のしれない不気味さとともに、ブラックなユーモラスさがあるのも面白かったです。

やはりあの走るポーズにはコミカルさがありますし、世代的に「アラレちゃん走り」を連想してしまいますし。

 

校長があのポーズで走ってくるところは、徐々にあのポーズで近づいてきて、ひたすらあのポーズで遠ざかっていって、最後のタイミングとかギャグなのか?と。

一方で、血まみれで鬼の形相で向かってくるところはやはり恐ろしいですし、恐怖と笑いの紙一重感が何とも言えません。

 

警察官ポールやジャンキーのジェームズのエピソードのあたりは、ブラックコメディ色が強かったと思います。

ジェームズが盗みに入った家で、住人の様子とか不気味な物音とか異様な状況に気づいたのに、それでも盗みは続けるんかい!とか、恐ろしいヤバい状況でもツッコミたくなる滑稽さが秀逸です。

 

各登場人物での視点

本作は、おおむね6人の登場人物の視点ごとに区切られている構成になっています。

担任教師ジャスティンや失踪した子供の父親アーチャーの視点からは、得体のしれない事件の理不尽さに困惑し苦悩し、不穏な不気味な空気を感じながら、自分で何とか調べようとする様子が描かれます。

警察官のポール、ジャンキーのジェームズ、校長のマーカスの視点で段々と事件の核心に近づく構成も成程と、アレックスの視点で種明かしというところからのクライマックスはかなりインパクトがありました。

前半、中盤、後半と、テイストが変化してゆくのも面白いなと。

 

登場人物の視点ごとに構成されているからか、芥川龍之介の「藪の中」という例えをするコメントを見かけましたが、登場人物同士の言い分が矛盾していて真相が分からないということはないので、「藪の中」というのはちょっと違うような気もします。

 

登場人物はクズさもあるが

理不尽で辛い状況に置かれた人物たちが、必ずしも清廉潔白ではない多面的な描かれ方をしていたのも面白いと思いました。

 

ジャスティンは既婚者のポールと不倫したり飲酒運転をしたりとクズな行動もあり、大丈夫かなこの人と思わされます。

ポールに対しても愛情があるわけではなく利用しているように見えますし。

しかし、終盤の描写ではアレックスを心配する気持ちは本物のようであり、教師としては誠実なのではと。

 

アーチャーはジャスティンを糾弾する保護者ですが、深い悲しみに苛まれ必死に子供を探し出そうとしており同情できる人物です。

しかし、明確な描写はないものの、ジャスティンの車へ落書きの嫌がらせをした犯人と思われます。

 

不倫をしたり卑怯な嫌がらせをしたり、そういうクズな行為はよろしくないですが、一方で子供への愛情や誠実さがあるのも事実なのだろうと。

世間ではよろしくない行為のみをあげつらって人格全否定する風潮がありますが。

人間、良い面や悪い面、いろいろな面が混在しているものですし、やはり一面のみで全否定するのもよろしくない行為だなと、そんなことを考えさせられました。

 

事件の犯人や目的は

事件の犯人は、アレックスの家に引っ越してきた親戚の老女・グラディスでした。

グラディスは他人を操る魔術的な力を持っており、要は魔女であると思われます。

その人の持ち物があれば、その人を魂が抜かれた操り人形のような状態にできる。

そして髪の毛があれば操り人形で髪の毛の主を攻撃する、人間兵器を作り出すことができる。

結界的なもので攻撃設定することもできるようですが。

 

序盤から、ジャスティンの車に「WITCH」と落書きがされており、魔女の存在が示唆されていたようです。

というか、アーチャーは夢の中でグラディスの存在を感じ取っていたようにも見えるので、直感的に「WITCH」の落書きをしたということなのかもしれませんが。

 

病気で弱っているからとグラディスを受け入れたアレックスの両親ですが、グラディスの力で魂を抜かれたような状態になります。

両親を人質にとられたアレックスは、クラスメイトの私物を持ってくるように要求され、それを使ってグラディスは子供たちを操りアレックスの家の地下室に集めて監禁していました。

 

グラディスの目的は何だったのかというと、人間の魂とか生気的なものを奪うことで病気を治すため、というか、衰えた肉体に力を取り戻し若返るためだったのかなと解釈しています。

引っ越しの時は髪の毛がなく弱々しい様子だったのが、段々と髪の毛が伸びてきていたようですし。

アレックスは労働力として利用するために、魂を抜かずに日常生活を続けさせたのかと。

 

突飛ではあるが恐ろしい

犯人は魔女で子供たちは魔術で操られていた、というのは、正直突飛でシュールな真相だなとも思いましたが。

しかし、このグラディスという人物、見た目は派手で気さくなおばちゃんというコミカルさ、それが何の躊躇もなく人を傷つけるという冷徹ぶりを見せつけるので、より異様な恐ろしさを感じます。

アレックスの目の前で両親たちを操って傷つける場面も、容赦なさすぎる、残酷すぎるだろと。

 

前半は得体のしれない不気味さが嫌な感じでしたが、真相が分かる部分は、グラディスの冷徹さ残酷さに理不尽な支配環境など、明確な悪意による恐ろしさがありました。

 

アレックスの巻き込まれた状況は理不尽で辛いものですし、現実の事件や問題を連想させられます。

平穏な家庭に異様な人物が入り込んで支配してしまう様子は、黒沢清監督の映画「クリーピー」やそのモチーフとなった実際の事件を思い出してしまいました。

親が洗脳されたような状況は最近改めてニュースになっている宗教二世の問題だったり、食事の世話をさせられるのはヤングケアラーの問題だったり。

自分の欲のために地下室に子供たちを監禁しているのも、現実の猟奇事件を連想してしまいます。

 

力や恐怖で支配して搾取する、抑圧する構図は、現実社会の構図と重なる部分があるように感じますし、やはり理不尽で恐ろしいなと。

 

カオスなクライマックス

そこからのクライマックスは、正直スカッと爽快感がありました。

危機に陥ったアレックスが、グラディスの道具や髪の毛を使って魔術を真似ると、地下室の子供たちは一斉にグラディスを攻撃しにゆき…

理不尽な恐ろしい支配者が子供たちから返り討ちに合う、というのは、やはりスカッとします。

 

子供たちがドアを破壊しながら猪突猛進にグラディスを追いかける、グラディスは必死に逃げ惑う(しかも結構足が速い)、平穏な日常生活を送る人々の家々を走り抜けるその様子も、滑稽でシュール過ぎるし、もはやギャグだろうと。

 

ただ、グラディスは見た目が老人ですし、子供たちも操られた状態ですし、子供たちが老人を捕まえて寄ってたかって…、というグロテスク過ぎる悲惨なオチは、やりすぎ感というか悲哀感というかもあり、なんともやるせないような気持にもなってしまいます。

スカッとしたけど、これはこれでどうなんだと…

 

爽快感あり、滑稽感あり、悲哀感ありの、グロテスク過ぎる結末。

このカオスなごった煮感が何とも言えません。

 

童話、おとぎ話として

最初と最後に子供のナレーションがあり、本作はこの町で2年前に起こったお話であるというように語られます。

最初に、大人たちがこの事件を隠ぺいしたと言っていましたが、この最後の状況を見ると、隠ぺいするのも仕方ないよな…と思ってしまいました。

 

ジャンルとしては魔女ものだったのか、というところで、童話やおとぎ話をイメージさせるこのナレーションも、成程と。

アレックスの視点のエピソードは「ヘンゼルとグレーテル」を連想させられます。

ヘンゼルとグレーテル」も結構残酷な話ですし。

とはいえ、魔女を倒して何もかもハッピーエンド、とならないところがやるせないですが。

 

グラディスの力は解けたものの、アレックスの両親や子供たちは魂が抜けたような状態のまま元には戻らないというのは辛いなと。

現実的な洗脳とか監禁などの被害者の心理をイメージさせられますし。

 

アーチャーも短時間ですが操り人形にされ、グラディスの死後は自我を取り戻していたので、魔術の時間が長かったほど戻りにくいのか。

アレックスの両親と子供からは若返るための生気を奪っていたと思われるので、そのために戻りにくいということなのか。

 

個人的には、このグラディスが本当にアレックスの親戚なのかというところも疑ってしまいます。

他人を操って身分を偽ったりして、「クリーピー」のように、どこかの家庭に入り込んで支配してというのを繰り返しているのではと。

しかし、アレックスがグラディスの魔術を真似て反撃したところは、これはグラディスの血縁者だから可能だったのか?と。

魔女の血縁でなくとも、だれでもあの道具で同じ手順を踏めば使える魔術なのかもしれませんが。

この辺は、魔女とか魔術にはあまり詳しくないのでよく分かりません。

 

日本から見ると、魔女は西洋の童話とかおとぎ話に出てくるもの、海の向こうの遠い存在という気がしますが、アメリカの人からすると地元のおとぎ話に出てくるもっと身近な存在なのかなと思いますし、それでヒットしていた部分もあるのかなと。

 

その他の謎やタイトルの意味

よく分からない謎の部分も残っています。

 

子供たちが一斉に失踪したのがなぜ2:17だったのか。

グラディスが魔術を行った時間がたまたまその時間だったから、と思いましたが、何か意味がある数字なのかもという気もします。

グラディスに囚われていたのが大人2名と子供17名ですが、関係あるのかどうか。

 

アーチャーが見た夢は何だったのか。

アーチャーは夢の中で、2:17という数字と銃器らしきものが空に浮かぶのを見て、グラディスらしきものにも遭遇します。

ジャスティンやジェームスもグラディスの幻影を見ていましたが、これはアレックスの家に近づいたためかと。

アーチャーの場合は、子供を思う執念がグラディスの存在を探知して、男らしい保守的な人物と思われるアーチャーのイメージを通すとグラディスの攻撃的能力が銃器として表現された的なものかと、なんとなく解釈しているのですが。

これもはっきりとは分かりません。

 

タイトルの意味は、アーチャーのイメージのように人間が兵器になるということなのかと。

確かに標的に向かって一直線に走ってゆく様子は、弾丸とか弾道ミサイルをイメージさせられます。

人間は人間を攻撃する兵器である、支配者に操られて人間が兵器になる、大人の教育次第で子供が兵器になる、などという意味合いも考えてしまいます。

 

こういったよく分からない部分もあるので、また考察や解説など見てみたいと思います。

 

最後に

「バーバリアン」のザック・クレッガー監督作でアメリカで大ヒットしていたということで、かなり期待していたのですが、期待を超える面白さでした。

 

面白いので日本でもヒットしたら良いのにと思いますが、どうなのかなと。

こういうブラックユーモア混じりのものは、日本ではそれほど受けないような気もしますので…

 

とりあえず、ワーナー ブラザース ジャパンが配給する最後の洋画作品とのことで、劇場で観ることができて良かったです。

ヒットすることを祈ってます。